≪コロナの日々。。。イペーが咲くまで≫ 川越 しゅくこ
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この全世界を震撼させるコロナ禍の日々の中、文筆家のしゅくこさんが見つけた時間の過ごし方は、庭の花を野菜に切り替え土と遊ぶ?生活を見付けたご褒美に長年育てたブラジルの国花イペーの花が今年初めて咲いたという嬉しい便りを20数枚の写真入りでレポートして呉れています。沢山送って呉れた写真の中から選ぶのは難しいのですが、しゅくこさんの庭に咲いたイペーの花を1枚お借りしてしゅくこのイペーへの思いを花と共に残して置く事にしました。
和田さ~ん、はなさ~ん、杉井さ~ん、井川さん マリコさ~ん & みなさまへ しゅくこです。
イペ開花の嬉しいnewsがあちこちから届いてますね。
実はわたしのイペ君も、はじめて花が咲いたんですよ。
私にとっては生まれて初めての経験です。
コロナの日々、「イペが咲くまで」をつれづれなるままに綴ってみました。よろしかったらお付き合いください。
「イペが咲くまで」
いままでの気心の知れた仲間との定期的なランチ会やジム, サウナでのおしゃべりと笑いの日々にとつぜん幕が降り、10年あまり続いている地元FMラジオ局のエッセイの締め切りやラジオトークのようなやりがいのあるお手伝いも初めて休みになり、ぽっかり空いた時間の中にうまくなじまず、なぜかどよーんとした疲労を覚えている。
3月までは、そんなこと吹っ飛ばせ! という無邪気な思いで友人たちと人けのない山や渓流、田舎の山上のお寺などを、たわいないおしゃべりや歌を歌いながら、免疫力もつけようと歩き回った。
4月に入り、7日に非常事態宣言が発表された。
「不急不要の場合を除いてStay homeを」と市の広報車が何度と回ってくる。
世界のコロナの感染者は5/11日現在では400万人突破、死亡者28万人に。
そのうち収まったかに見えても第二波、第三波が確実に襲って来るという。
これを書いている現在も刻々とその数は増え、まさかの危険を身近に感じるようになってきた。
いまは誰を誘うわけでもなく、人けのない公園や池の周囲を1人で歩きながら、ふと立ち止まって遠くをみると、いつのまにか季節は春から初夏に変わっている。
わたしの視力はずいぶん落ちているのに30年あまり見慣れた遠くの山肌や稜線が、まるで手にとるようにくっきりと迫り、歩きなれた散歩道は緑色に膨張してその密度の量におぼれそうになる。
ふと、どこか知らない森のなかに迷い子になったような不安にかられて、もう一度目を疑ってまばたきをしている。
頭上では今まで聴いたこともないような鳴き方でやたらさえずる小鳥やウグイス。かれらだってきっと何かを感じているのかもしれない。
「stay home」のおかげで(?)、いままで放任に近い形の雑草と草花の狭い庭が、唯一のわたしだけの遊び場として、価値ある存在にズームアップされてきた。
コロナがどう騒ごうと、今年も 忘れな草、アイリス、パンジーなどが地面を鮮やかに染めている。それも例年にない勢いのある生命力を露わにして。
それはいいけれど、いままではお世話になっている方々に庭の花でブーケを作ってプレゼントするのがささやかな楽しみだったのが、いまは無用に咲き乱れる花々をボーと見ながら水をやるだけ。
貰い手のないいま、つまり、花は人にあげて喜んでもらってこそ咲かせがいがあるのであって、一人で楽しむものではない、ということを知った。
それなら生活に必要な野菜を植えよう。そう思い立って、無限に増える花を鉢に移し通りがかりの人が持って帰ってくれるように玄関前の道路に並べた。
犬の散歩中に声をかけていく近所の人たちの庭にも忘れな草、つるばら、ブラックベリーなどがお嫁に行った。
そのうち自家製の採りたてレタスやスナップエンドウなどが玄関先に届けられたり、垣根越しに近所の人たちと、ときには知らない人が立ち止まって花談義をしたり毎日誰かと声をかけあうようになり、まったく孤島の中にいたわけではない。
でもマスク越しの会話にはいつもコロナの影が見え隠れし、爆笑を忘れた
どことなく浮かぬ顔のやりとりは短く本調子で弾けることはなかった。
コロナ騒ぎとはいえ、毎日の庭仕事には好天気が続く。
ボルシチのためのビーツやタイ料理のためのパクチーの種をまく。
素手でひんやりほっこりした土をつかみ、堀り、苗を植える。 時には汗をかきながら、地中に這った根っこを引き抜き、大サイズのゴミ袋をいくつもゴミ収集場に運ぶ。
雑草だけなら,しんなり枯れて押しこめばいくらでも入るが、根っこや枯れ枝は刻んで入れたり、あげくはゴミ袋を破くなど厄介だった。
そのうち蒔いた種がわんさと育ってきたのはいいのだが、その苗を移植する場所がない。
そこでいままで放ったらかしにしていた裏庭の整頓、整地がはじまった。
バケツ、脚立、空鉢、箒、スコップ等々でまるで物置だ。そんな雑多な器具を整理整頓すればそれでも日が射す立派な苗床になる。カマで土を掘り起こし、足場を作り、石灰や肥料を混ぜこんで土を寝かしているうちに少しずつ形になってきた。
爪の中まで土まみれのすっかり農婦の手になっているのを見ながら、ふと友人からのメールの言葉に笑ってしまう。「コロナで人に会わなくなると、最近身なりを構わなくなりました」と。
気がつけばいつもお昼。働いた後のブランチは美味しい。
満腹に慣れた胃袋が、空きっ腹って意外に気持ちのいいもんだね、と教えてくれる。 食べられる野菜が少しずつ収穫できるようになった。セリ、ニラなどがランダムに 根を張って繁茂している。地面から引き抜くと土と野菜のどこか懐かしい香りが鼻先をかすめていく。
三つ葉、セロリ、ミントを泥のついた指でつまんでちょっとかじってみる。
新鮮な苦味のある野性の香りが口いっぱいに広がった。
その時、思いがけず、鈍っていた五感がある記憶をふと呼び起こした。
それは40年前に乗馬を始めたときに嗅いだ原始的な素朴で野性的な香りだった。 当時、東京の杉並区に住んでいたわたしは、週に一度、乗馬のグループと埼玉県の入間川近くに預けていた共有の白馬メリーを曳きだし、車道の車を避けながら河原まで連れて行った。
まず石ころを拾って川の中に捨てて、にわか馬場を造り、交代でメリーの背中で駈けた。
遮るもののない太陽の下で河原は馬と光るせせらぎと私たち10人くらいだけの世界だった。
その時の自然の匂いは大気の中に溶け合ったなにか一言で表現できない栄養に満ちた成分だったと言おうか。
思えば青春の尻尾がまだどこかに残っていた30代の「自由」と呼べる匂いとも言えた。
肺はそれに呼応しあって、精工な機械のように着実に新鮮な空気を組み込み、肉体のすみずみにエネルギーを製造していく。
時代も場所も全く違うこの二つがなぜ急につながって、遠い昔の自然の匂いを呼び覚ましたか、わたしにはわからない。でもそれはいまはどうでもいいことに思える。
ただ、わたしはそのときの「若さの記憶」がふと舞い降りて蘇った瞬間のことに驚いている。
大好きなカーペンターズのあのメロディが心の中に流れてきた。
それはちょうど河原で馬と過ごしていた時代に前世界的に大ヒットした、いや今でも永遠の名曲「Yesterday once more」である。
Every sha-la-la-la, Every wo-o-wo-o, ラジオから流れる懐かしい音楽を聴いていると、いろんなことが変わってしまった今が少し悲しく思えてくるの。
でも、その歌は長い間会えなかった友達のように幸せに心の中に蘇ってくる🎶
春の植物は休みなく成長する。下ばかり向いてた土との楽しい格闘がずっと続いた。
そんなある日、ベランダに出て ふと何かの気配を感じて顔をあげた。鉢植えの2mもの高さの棒状のイペの先に、虫の巣みたいな茶色の塊が目に入った。
生まれたての赤子の握りこぶし大のものが。もしかして? でも信じられなかった。
興奮して脚立に乗って写真を撮る時は足元に注意をはらった。
こんなときに落ちて救急車で運ばれるなんて最悪のシナリオだ、と独り言。
さっそくはなさんにその写真を送り、それがイペの蕾であることを確認してもらった。
これはたしか 7 ~8年位前に杉井さんにジャカランダの苗と一緒にいただいたものだと思うが、わたしの悪い癖で、名前を書いて挿していたネームプレートの字が消え、書き直そうと思いつつ忘れて、いまはどなたからのであったか分からなくなった。
うちにはイベとジャカランダが合わせて20鉢弱あるが、春と冬に出し入れする作業に、せめて花が咲いてくれたらな、と腰を気遣いながらため息をついていた約10年。
とうとう、昨年の11月、室内に出し入れしにくい丈のイペたちを1mまでパチパチ刈り込んだ。
だって、どうせ咲かないんだもん、と半ばやけくそ気味になって。
この花をつけたのは、実は切るのを忘れていた一本だった。
(杉井さ~ん、もしこれが目に留まりましたら、お心当たりがあるかどうか教えてください)
それから毎日観察の日々がはじまった。
アップに撮ると、その蕾の1つずつがなんだか爬虫類の鎌首のように頭を揃えてこちらをジィーと見ている、そんな気迫にちょっと押される。
それが日を追うごとに鎌首たちはまるで意志があるように少しずつ密接状態から花が咲きやすいように互いに距離を取り始めた。
この沈黙した一群は今の社会現象を心得たように、social distanceをとり、
密接、密着、密閉を避けるように実行しはじめた。これには驚いた。
じっとみつめているといかにも生き物って感じするから、毎日話しかけてる私の言葉にじっと耳をすませて何かを感じ取ってるのかもしれない。
いままで、移民センターや、神戸元町のイペーを下から見上げ、豪快な花ぶりに圧倒されていたけれど、いざ目の前の2mの先のイペ君がまさかここまでのショーを目の前でわたしのために演じてくれるとは。
蕾たちのひと固まりが日ごとに首をのばし、赤子の握りこぶしが大の男が手のひらを広げたような形に開いていった。その容態はブラジル生まれのせいかリオのカーニバルの踊り子たちのはしゃいだ姿にみえなくともない。
そして、5/5日に初めて一個の花が咲き、それから2週間くらいの間に7個の蕾が開花した。
私はさっそく写真に撮りあちこちに紹介した。和田さんにはもう少し花が増えてから報告しょうとおもっているうちに日がすぎていった。
1人2人と珍しい花を見に来る人がいて、もちろん名前も実物をみるのも初めてという人ばかり。
「触ってごらん」とわたし。 親指と人差し指でそっとはさんで感触をみる友人。桜の花びらのようにひやっとしたかすかなしっとり感はなく、もっと薄くてヒラヒラしている乾いた縮れた金色の和紙のような質感である。
このイペは種はブラジルからきたものだが、日本でもう10年近く生きている。それでもやはりブラジルの血を感じるというのは思い過ごしなのか。華やかで賑やかだ。「香りはないのね」 「そうね。桜は生の香りがするけど、これは乾いた匂がする」とイペの花びらのなかに鼻をつっこんでみる。
「ことしは初めてイペが咲いたけど、アイリス、ゼラニュム、デージー、いろんな他の花も爆発的に狂ったように良く咲いている、妙な年なのよ」とわたし。「そうよ、周りの友達もみんなそう言ってるわよ。花たちがいまの私たちを慰めてくれているのよ、きっと」
「じゃ、地球の裏がわから来てわたしたちを励ましてくれているブラジルの国花イペ君に、ブラジルの国歌を聴かせてあげようよ 🎶」わたしたちはワインで一口乾杯をしてありがとう、と言い花びらの目前にスマホをかざしてYoutubeでブラジルの国歌を流した。
このイぺ開花がどうして今年急にわたしに起こったのか花の事情はわからない。が、とにかく、黄金のサプライズ プレゼントがこの1か月の心身のバランスを見守ってくれた気がする。
こんなふうに心はイペ君に奪われ、テレビは忘れた存在になった。
風の強い一日から落花が始まった。それから8枚くらい落花した。それでも今が一番花盛りのピークにちがいない。
全部落ちてしまったらわたしはどうするのだろう。友人が「大丈夫。来年があるよ」と言ってくれる。
それだといいけど。「来年はどうなっているんだろうね」とりあえず、もうすこしこのイペで楽しませてもらおう。
では、みなさま、ながながとご一緒してくださってありがとうございました。
なんとかこの時期をきりぬけてお元気でお過ごしくださるよう祈りをこめて。
しゅくこのイペより
(コメント集)
井川 しゅくこさん 井川です イペー開花、おめでとうございます! 写真も鮮やか。まるで目の前で香り立つようですね。
特に、蕾の写真は、生まれたての赤子を見るように生々しく、「オギャー!」という声が聞こえそうで、『祝子さん、おめでとう‼』と言いたい感じです。
そして、もう一つ。すばらしいエッセイの花。お見事です!
拍手! いやはや、イペー開花を祝ってワインで乾杯し、イペーにブラジル国家を聞かせてあげるとは、文学レディーならではの優雅な展開。ため息が出ました。
私も赤ワインを出して一杯やりながらじっくりと鑑賞させていただきました。
ありがとうございました。
杉井さ~ん、井川さ~ん、はなさ~ん 、和田さ~ん & 皆さまへ しゅくこです
杉井さん 「コロナの日々、イペが咲くまで」をさっそく読んでくださって感謝です。
DMで教えてくださってとおり、やっぱりこのイペ君は杉井さんのところからいただいたのですね。
ジャカランダもイペも杉井さんからいただくと縁起がいいのか、サプライズプレゼントみたいにとつぜん花が咲いてくれます。
そういえば、白イチジクもいただいたんですよね。
それもびっくり! 今年はじめて実をつけたんですよ。熟すまでヒヨドリに先取りされないように今日は袋をつけました。この袋は昔は新聞紙で作っていたのですが、いまはホームセンターで袋の裾に留め金つきのを売っていて、便利なのでぶどうの老木の実にも使います。obrigada
井川さん コロナの日々、「イペが咲くまで」を読んでいただきありがとうございました。
わたしのDMのほうに送られてきたようですが、素敵なコメントでもったいなくてかってにブログに転送してしまいます。ごめんなさい。
我が家ではじめて咲いたブラジル国花のイペ君にブラジル国歌をスマホのYoutubeで聴かせてあげたのは、われながら「よっし♡!」という気分です。
ラッパ型の花びらのなかに国歌を流し込んだので、イペはどんな気分だったのでしょう?
ブラジル国歌、大好きです。チャーミングで軽快でたのしくて。
それにしてもあれは長い。かざしていた手が疲れたので途中で失礼しました。
はなさん、
今回はDMでたくさんの質問に答えてくださってありがとうございました。
なにかと頼りにしてしまうわたしですが、こんごともよろしくお願いいたします。
昨日は近所の友人が八重の利休梅を持ってきてくれました。
イペは「初めて見る」とわたしのまわりでは珍しがられています。
彼女は落ちた花びらを持って帰りたいというので咲いているのをひとひらとってあげるよと言っても「いいの、いいの、可哀想だから、落花したのでいい」と大事そうに手のひらにのせて眺めていました。
今日も2人イペを見に来られると連絡がありましたが、ほとんど下を向いてしまいました。
「はじめてのお披露目。もうそろそろ踊りつかれた」と言ってます。近くだったらはなさんにも見ていただけるのにね。
和田さ~ん、
わたしのはじめてのイペ開花日記、お目にとまりましたでしょうか。
一緒に喜んでいただきたいな、と思っていますが。
和田:しゅくこさん イペーが咲いて良かったですね。余り50年!!のメールを読まない恵子がしゅくこさんの写真入りのしゅくこのイペーが咲いたは、読んで楽しんでいたようです。21枚の添付写真を取り込み写真1枚と文を40年!!のホームページに掲載する為の準備に時間が掛かってしまいましたが、やっと準備が出来ました。ホームページ、BLOG(写真が全部掲載出来るかどうか試して見ます)字数が余裕があるので井川さんのコメント、しゅくこさんの追加書き込みも一緒に掲載するようにこれから準備します。明日には、全て掲載可能と思いますので今暫くお待ちください。